Showing posts with label 徒然. Show all posts
Showing posts with label 徒然. Show all posts

2016-02-09

【人生辛ぇ】僕を初めて帰国したくさせた 離島の哲学バカンス1泊3日







「あぁ、だめだ、分っかんねぇ(苦笑)」



日本語がわかる人なんて周りにいやしないのに、抑えきれない笑いとともに、行き場を失った生の感情が口から飛び出した。






*******************






Leoです。



※ 深夜に書いているので、文中の日本語の乱れは必ずしも執筆者の教養の欠如を意味しません。


インドネシアのバンドンで、3月の頭まで日本語教師しています。それをしながら、ついでにインドネシア語の勉強もしています。でも、来た目的は、どちらでもなかったりします。





「ホンモノの途上国開発って、どんな形してんだろ。答え探したいから、ちょっと新興国住んでみっか。」が、理由です。最初のきっかけはこれと異なりますが、それはまた別のお話。







週末(と旧正月の祝日)を利用して、6人のインドネシア人と離島に行ってきました。ボートに乗ってジャカルタから北に3~4時間ほど進んだところに浮かぶ、全長三キロもないような島でした。





先日、みんなで遊んだ際に僕が


「ビーチ行きてぇなぁ…」


と、ぼそっと呟いたら、

お?行く!?行こう!プランは任せて!前泊は私の実家使って!食べれないものある!?

と、想像以上の速さの波に飲まれ、実はバリに行ってみたかったとは二度と口にできない状況になってしまったことが、事の発端。インドネシアの人たち、世話焼きの比率と程度が、ケタ違いです。





バリ島に行って、

・観光ビジネスがどれほどバリの文化と共存して、

・どういう部分が壊れてしまっていて、

・それについて誰がどう思っているのか聞きまわっているうちに、

・資源にあふれた新興国と観光ビジネスについてビーチで日光浴しながら想いを書き留めよう、

という妄想は、サッと、本当にサッと流れてしまい、正直少し行きたくなかった自分がいました。





でも、その代わりに訪れたのは、

・観光ビジネスは現地の人しか対象にする気もなく、

・大して開発もされていない海のきれいな島で、

・時代に取り残されたように見える人たちはどんな生活をしていて、

・それは幸なのか不幸なのかを考えながら、

・だれが助けられるべきで、だれが押し付けで支援を受けるべきでないのか、

という倫理的な問いの答えに迫るチャンス。





バカンスをわちゃわちゃ楽しみつつも、せっかくの機会だから搾り取ってやろうと、急きょ出発前夜にノートにいろいろ書き込みました。







国際開発というシンプルで複雑な分野にかかわりながら食っていきたいなぁとぼんやり考えている大学生が、時間とお金を持っていてどうして留学期間に開発の現場へ行かないということがあろうか(いやない)、と、なんとなく思ってはいたし、先輩にもとにかく行っとけ!と押しに押されたものの、






じゃあ結局、開発現場行って、

何を学びたいのさ?



という内なる問いには、まったく答えを持っていませんでした。


目の前に機会が迫っているのだから、いい機会だ、ちょいと考えとくか。と。翌日からの準備もおざなりに、ペンをとり、ノートを開いたわけです。







少なくとも開発現場では、自分が興味あって研究したいなぁと思っていることに結びつくことを学びたかったので、まずは研究で何をしてみたいのか、細かく書くことに。年末に考えたことだけあって、スラスラ書ける。





そこから派生して出てきた、最近ずっと考え続けている問い「現地の人が満足している/問題と認識していないことを、さらに引き上げて開発するのは、正しい国際開発なのだろうか?」が続きます。Yes/Noでズバッと切れない問いだからこそ、どういう条件ならYes/Noなのか、そしてその条件は自分の想いなのかただの理論なのか、広く気を付けてひも解いているのがここ数週間です。






そして、前の外部記事でも紹介した記事、そして先輩の意見を要約し、あの手この手で納得できる答えに迫ります。でも、どれをとっても他人事のような理論。「へぇ、この人はこう思うんだぁ」程度にしか響かず、どうしたもんかと唸りながら、初めの問いに帰着しました。


「開発現場で、何を学びたいのさ?」








えー。なんだろ。






バックパッカーのブログとか、駐在員の日誌とか、漁って出てくるものにも書いてあるのでしょうが、「目の前の惨状を目にして、今の仕事のきっかけになりました」とか、「あの○日間のボランティアを、私は忘れません」とか、自分の想いを作ってくれるような原体験を、心のどこかで期待しながら、翌日朝を待つことにしました。







で、今日帰ってきて、考えの整理がてらこの記事を書いていて。







いや、確かに、衛生的にこれええのんか…?と思う点があったり、雑なつくり・仕組みだなぁ…とあきれさせられたり、いつの時代だよ…と古代博物館を思わせる技術が使われていたり、したものの。






みんな笑っとるし、不便(:僕の視点からのもの)に慣れてしまっているし、危ない・汚いものは危ないと認識されている。







結局、丸く生きてますやん。




というのがハイライトでした。







例えば、プログラミングすげぇ楽しい!この人たちもこの楽しさ知ったら、きっともっと街ごと発展するのに!自分でお金も稼げるし、もっと幸せになれるかもなのに!って人がいても、


いやそりゃ新しい選択肢教えたら興味持つ人はいるでしょ。てかそもそもこの人たちは発展したいって思ってんの?物乞いもいないし、俺より笑って生きてるお。

って言い返してしまいそうなくらい、もう出来上がってる(ように見える)世界がありました。いや、そんなこと言いませんよ?実際には。






彼・彼女らが、自分たちで「もっと発展したい!」とか思わない限り、もう出来上がった(ように見える)世界は、手を加えられるべきではないんじゃないか?


いやでも、先進国ではもっと死亡・疫病感染リスクが低くてチャンスにあふれているのなら、平等な世界のために発展に寄与するのが正義なのか?

それとも、どちらが幸福度が高いかを吟味して、理想的なリベラルな社会に近づけていくか?でもそれってただの先進国の理論の押しつけじゃないのか?じゃあ理想的な社会ってなんなんだ?

俺はどうしたいんだ?何をしている自分になりたいんだ?そもそも…






「あぁ、だめだ、分っかんねぇ(苦笑)」







思わず口から出た日本語に、隣にいた日本が好きなインドネシア人は「え!?何その日本語?どういう意味!?教えて教えて!」と即座に反応してきました。







自分がどうしたいのか、どういう自分を創っていきたいのか、全然わからん。





2015年8月に日本を発って、新しくいろんなことに考えを巡らせたら、当初考えていたルートを見事に外れ、面白そうな方向に草をかき分けて、ふと気づくと人生の迷子になっています。





そして今思えば、一つの問いに執着しすぎて視野が狭くなり、もっといろんなこと気づけたんじゃないかな、と後悔しています。雨で中止になったバーベキューの埋め合わせがおせんべい一袋って、それはナシだろ!っていう議論につたないインドネシア語でヤジを飛ばしている暇じゃなかったみたいです。










頭が悪すぎて、まいっちんぐ。






スキューバダイビング、すっげぇ楽しかった。










早く日本に帰りたい。いろんな人ともっと話して、迷子の僕がたくさんの経験を抱えて次の家を見つける方法を、じっくりじっくり探したい。






3月7日に帰国します。画面の前の親切なあなたへ。どうか、僕を助けてください。






コメントでもメッセージでも何でもいいです。何でもしますから…










Leo









過去記事一覧 リンクはこちら

2016-01-27

ジャカルタで起きた爆発が 元「頑張らない屋さん」の僕に火をつけた話でも聞く?

Leoです。


2016年1月14日、ジャカルタで爆発が起きました。

僕はそのとき、どこにいたんだっけな。どこかにいました、ヨーロッパの。


すぐに僕は友達を心配して、メッセージを幾人かに送ったり、Facebookで安否を確認したり、していました。復興作業は早く、事件の12時間後にはもう、(物理的には)ほぼ元の状態まで復興していたとのこと。すげぇ。

だから、これからジャカルタとバンドンに行く自分は、もちろん最大限の危機管理はするものの、別に行かないことにするだとか、行くのを遅くするだとか、そんな選択肢は別に、持っていませんでした。


けど、両親や祖母は違いました。はじめ、両親はそろって僕のジャカルタ行きには反対し、祖母も心配のメッセージをくれました。テキトーな我が息子/孫が、危険な場所にいまからひょろっと行こうとしているのですから、止めるのも無理はないでしょう。

僕も、もちろん自分の命を失いたくないし、「命が保障できないことをあえてする」ことは、留学全体のルールとして、しないことに決めていました。けど、安全が確認されたのに行かないというのは、どうも、したくなかった。



それを、親に伝えようとしました。

しかし、言えませんでした。



親は、僕をとても心配していました。本気で止めようとしていたのか、きちんと安全であることをわからせてほしかったのか、真意は僕は知りません。

しかし、僕がインドネシアに行きたい!そこでこれこれをしたい!しなくちゃいかんのだ!!という熱意は、その心配を超える気持ちだとは言いがたかったと、気づいてしまったのです。

つまるところ、僕は今からする勉強や調査に、それほどアツくなれていないのではないかと、思い始めてしまったのでした。


(結局、親には、バンドンがいかに安全であり、僕が常に住所を知らせ続けるということで合意に至り、現在もバンドンでの生活を続けています)





そこから、いろんなことに思考を膨らませる中、北欧の生活も一緒に思い出していました。スウェーデンにいたころ、この記事にも書いたように、僕は彼・彼女らの「自分主義」と勝手に名付けた生きざまに惚れました。日本では得難い、素敵で、自分に合った生き方だと直感でかんじたからです。というか、考えれば考えるほど、僕はこういう人間でありたいと強く思うようになっている。


しかし、少し勘違いをしていました。


僕は、頑張るのは基本的に嫌いな人です。別に数年間にわたって運動部に入っていたわけでもないし、つらいことをやり続けた経験はありますが、それは「密度が濃く、いろんなことを学んだ。でも、もうこんなことしたくねぇ…」というネガティブな思考回路に昇華したものです。

そして僕は「どうして将来、数学や生物を使わないのに、勉強しなくてはいけないの?」という問いに対する、「使わないこともきちんと勉強できる人は、すごい人なんだよ」という理屈の通った風に返答する大人が嫌いです。意味のない辛さに意味はないと、信じてやみません、いまだに。


しかし過度に、目の前のつらさから逃げてきた自分の存在も、否定できなくなりました。なりたい自分の像はあっても、それに対するアプローチが自分にとってつらいものであったなら、僕はそれさえ避けてきました。つまり、たいていの場合は、いつかはつらい道を通って、失敗しながら泥臭い勉強や経験を重ねなければならないはずなのに、一番つらくない道を探し続けてきたのです。その結果、たいして勉強をしてこなかった薄っぺらい東工大生に、なってしまいました。





たとえばつらい勉強というのは、少なくとも二つのスケールで抽象的なエリア分けができそうです。

Y軸は、精神的負担の量。モチベーションの有無にかかわらず、その勉強がどれだけ今の状況(スキルやほかのタスクなど)の自分にとって時間と手間を要するのか、というスケール。

X軸は、その勉強の有意義さ。意味があって勉強しているのか?誰かに言われてただやっている勉強に、果たして演繹的な価値はあるのか?自分で意義をどれだけ理解していて、その先のイメージがどれだけ沸いているか。

(Z軸に「好奇心の量」という別のスケールもあるはずです。が、好奇心によって動いてくれない自分が、どうしたら頑張ってくれるかを考えていたので、無視しました)



だから要は、頑張らなくてはいけないときは頑張らなくてはいけないし、やってる意味が分からないなら即座にやめるが吉(やめられるかどうかじゃなくて、やめたほうが善が大きいことは多い)なのだということに気付いた、ということにすぎません。まとめると、なんてあたりまえな。




ブルックリンのおばちゃんの話も書きました。でも、ある程度のレベルになりたいのなら、つらいフェーズやコンペティションのフェーズは、とても役に立ちます。



危機感がないというのも、少しあるかもしれません(日本語がおかしい

内的なものばかりに目が行って、例えば「途上国の現状を肉眼で見て、本気でやらなきゃ!すぐにでも解決しなくちゃ!って思いました。」とか、「あの人の生きざまがかっこよくて、そのためにつらいことも頑張ろうと思いました。」とか、そういう外的な要素もあっていいと思います。環境に左右されやすい僕は、外からの刺激に敏感だから、きっといい方向に転がるんじゃないかな、と、ふと。


なんか考えの質があまり良くないけど、とりあえず吐き出してみました。
甘ちゃんだからな~。いろいろ、頑張ろうっと。アツくなろうっと。

勢いに任せて、急にアクティブになっている時期なうです。いきなり連絡来ても、あたたかい返信、よろしくですよ( *´艸`)



急に終わり。


Leo


過去の記事はこちらから!

2016-01-16

【想い出と宣言】ボロボロ泣くくせに切り替え早いから周りの人は振り回されるのね

Leoです。

2016年も相変わらず、ドタバタと騒がしく生きていくことになりそうですが、温かく見守ったり、手を差し伸べてくださったり、していただけること、楽しみにしています(他力本願


さて、私は今、飛行機の中でこの記事を書いています。
先日記事にしたように、北欧での生活は無事(?)終わってしまいました。


僕はさよならを言う際、人や環境にはそれほどさみしさを感じない人なのですが、その時、その場でしか味わえない雰囲気に、泣くほど固執してさみしさを感じてしまいます。生きていればまたきっと会えるだろうし、Facebookでつながっているから連絡も取れるし、とはわかってるのですが、この人たちと、この場で、こんな風に馬鹿笑いをすることはもうできないんだな、と思ってしまうからです。もはや今書きながらちょっと泣いてます。強がって表に出さないけど、涙もろいんです、実は。


大学に入ってから、こうやって「別れ」というもので涙を流したのは、覚えている限りでは三回目かと思います。


**********

一回目は、東工大で開催された短期留学プログラム5th ASCENTの、Farewell Partyです。

当時僕は学部一年生で、経験も英語力もほぼ全くないのに運営サイドで、しかもプロジェクトリーダーを司っていました。それだけでさえ手一杯なのに、わがままな僕は並行してその主催団体の代表も取り持っていました。もちろんメンバーは先輩ばっかり。はじめはミーティングさえうまく回せず、もはや先輩方の操り人形のよう。とてもつらかったです。今まで一度だけ、本気で辞めてやろうかと思ったこともありました。そうして一年かけて作り上げた5th ASCENTは、今となれば笑い話や懐かしい話ですが、いくつもの課題を残して終了しました。当時、僕から見れば、手放しで「大成功でした!!」とは言えない結果でした。

ただ、最初はどぎまぎして打ち解けてくれるか不安だった東南アジアからの参加者みんなが、Farewell Partyでごちゃまぜになって笑いあっているのを見たとき、つらかったけどやっと終わったという安堵と、もう終わってしまうんだ、このメンバー全員で、こうやって笑いあうことはもうないんだなぁ…と思い始めてから、目の前の無邪気な光景に涙をこらえるのに必死でした。最後には、代表としてバシッと決めなきゃいけない締めの挨拶で、あたり構わずボロ泣きしてしまったり。いい思い出です。誰かがビデオを撮っていたような気もしますが、若かったという言葉が全部打ち消してくれることでしょう。


2回目のそれも、似たようなものと言えばそうでした。今度は僕が二年生の夏に参加した短期留学プログラムAYSEAS 2014”です。

こちらは、参加者として。開催地はベトナムのハノイで、僕の生まれて初めての海外経験となりました。ここでも懲りずに先輩に囲まれながらリーダーを務め、小さな挫折を重ねながらも手を伸ばし続け、周りの優秀な人たちから何かを盗み取ってやろう、だとか、一番後輩だけど先輩たちをどうにか出し抜いてやろう、だとか、無駄にゴリゴリ闘志を燃やして、臨んでいました。

結局、最後まで出し抜くどころか、彼・彼女らの気づかぬところで勝手に、僕は諭され、どうして嫉妬によく似た負の感情が出てきたのか、そして実はそれにすこぶる嫌気が差していた自分と向き合うきっかけにもなりました。大切な友人たちにも出会え、別れの際には涙をこらえることができませんでした。とってもいい思い出です。


**********

さぁ、なんでこんな話をしたのでしょうか。別に、飛行機でビールを飲みすぎて、酔った勢いで独り暴露会をしているわけではありません。いや、「飲みすぎて」までは本当なのですが。

今乗っている飛行機の行き先が、こんな昔話をわざわざつづった理由です。僕は今から、インドネシアとベトナムを訪れます。

大学一年生のころに想い焦がれて切なく散ったインドネシア人がきっかけで、少しでもお近づきになってやろうと、現地の文化からイスラム入教の手続きまで、勉強するようになりました(イスラム教徒と結婚できるのはイスラム教徒のみなので、浄土真宗の僕は焦りました)。100以上の言語が混在し、数万の島々で成り立つ、爆発的な勢いを持った南国の親日新興国、インドネシア。僕にとって、この国は第二の祖国です(行ったことない)。

また、初めて海外に出た(しかも旅行じゃなくて、学びを目的として)時のワクワク、初々しい緊張感、驚きや発見、当時のいろんな障害への精神的負担、何もかもの振り返りをしなければ日本には帰れないと思い、ベトナムも訪れようと決めました。


ここに挙げたような背景を元に、ちょっと集中的にブログ更新の頻度を引き上げようとたくらんでおります。バンドンについて少し落ち着いたら、短期間だけ1日1記事に挑戦してみます。暇人かよ。はい、暇(を作るのがうまい)人です。嘘です。

僕の研究や、トビタテ!で出させていただいている留学テーマに深く結び付くアクションを深く考えた末、こういうところに落ち着きました。詳しくは、いろんな報告会や飲み会で、たっぷりお話したいので、是非にお誘いお待ちしております。

特に宣言なしにやり始めようかと思ってましたが、周りにどや!ってしとかないと、自分に甘えそうなので、宣言をここに。


例によって、この超短期連載も「自分のためのメモ」という意味合いが強くなると思います。もしネット環境と少しの興味と暇な時間があれば、ぜひ覗いてみてください。


という、昔語りとちっぽけな宣言でした。終わり。



Leo


過去の記事はこちらから

2015-12-31

北欧総括。

Leoです。


 しばらくぶりのブログ更新になりましたが、相変わらず、悶々と生きています。

※実は、1224日から15日まで、北上しながら旅行をしています。フィンランド経由でさらなる北の大地を目指し、バスと電車に揺られる男二人旅です。その間、連絡が途絶え気味になっていると思います、よろしくです。

北極圏のスキー場から。
たしか、お昼過ぎの写真です





 同じ大学に留学していた友人たちが次々と帰国していく、セメスター終わりの日々。

 それぞれが「普通の生活」に戻っていくと、集まってビール飲んだの楽しかったなぁとか、出会った頃がなつかしいなぁとか、最後まであいつの英語よくわからんかったなぁとか、いろんな思い出がよみがえります。

 そして、僕にもついに、北欧生活の終わりが見えてきました。この記事を書いている今日が1230日。もう、出国まで2週間程度となります。

 実は不思議なもので、名残惜しさはありません。むしろこれまでの生活の終わりに清々しさを感じていたり、次に歩を進めるインドネシアで何が起こるのかワクワクしていたりで、自分でも少し驚いています(日本に帰ったらまたあの目まぐるしい生活がはじまると思うと、ゆったりまったりの北欧生活に執着していたくなりますが…)。

 たぶん、やりたかったことを最大限やり切ったと自負していること、世界との距離が縮まって「どうせまた帰ってくるっしょ」くらいの価値観になってしまったこと、「留学」がもはや「ちょっと場所を変えて勉強した」くらいの感覚になっていること、そして、ある問いに答えを出せそうで、次のステージがもう楽しみで仕方がないこと、あたりが、僕をドライにしているのかなぁ、なんて思います。


 2016年の足音が聞こえてきたので、今年の振り返りなるものを書こうとしていたのですが、やめました。時間の経過が早すぎて、振り返るべき思い出がつい昨日のことのようなのです。普段からこまめに振り返りながら生きる人だからあまり意味ないなぁ、と思ったので、自分の中での整理も込めて、この一年(特に日本を発ってから)を通して変化した点を思いつくだけ、書くことにしました。

 思いついた順に書き連ねましたが、真面目なのが前のほうに、テキトーなのが後ろのほうにまとまったあたり、少しは真面目になったのかな?


*************

・今の自分がしたいことが、初めに来るようになった。

 それっぽいとか、褒められるとか、自慢できるとか、どうでもよくなった。承認欲求のほとんどがどっかにいってしまって、自分のしたいことの実現を無意識に最優先にしている。なにより、それが一番ストレスを感じないのだと気づいたらしい。

・(一つ目と似ているけど)自分に正直になった。

 素直になった。時々話をするときに盛ることはあるけれど、見栄を張るためにつく小さな嘘がアホらしく感じるようになった。むしろ、自分の本心から逆らって何かをするたびに、何かにむしばまれる感覚というか、後ろに下がっている感覚というか、そんなものを抱くようになった。見栄えよく生きるより、泥臭く本心の向かうままに生きたい、と思うようになった。

・長所短所じゃなくて、特徴を見るようになった。

 長所や短所というのは、ある特徴のとらえ方でしかなくて、そこには主観が混ざってしまう。こんな長所があるんだぜ!と手放しで喜ぶでもなく、こんな短所、なくしてしまいたい…と嘆くでもなく、僕にどんな特徴があるのか、そしてそれはどんな時に強みになって弱みになるのか、どうすればもっと良くなるのか、客観的に考えるようになった。そしてそれは他人に対しても同じで、人の悪い面だけ見えてしまうことがあったが、それを生かして何かできるかもしれない。とてもうらやましい性格を持っている人に対して、妬みを感じることはかなり少なくなったように思う。

・思わぬ思考のフックが増えた。

 出国前に、二人の先輩とランチをした際、その二人が話していたことが、やっとしっくりきた。見えない問題を問題として見る時には、あるいは新しい発見を得る時には、いろんな出来事や一見変哲もないことに対して、思考の引っ掛かりが必要だというような話だった。…と、思う。

 僕は、大学で、授業をいくつか取った。そのうちの二つが、僕に思わぬフックを携えてくれるものだった。一つは、文化間コミュニケーション。自分とは大きく異なる文化的背景を持った人とコミュニケーションをとる際、「異文化理解」は大切な要素の一つである。が、実際その差異というのは実態がつかめないものだ。どんな視点から見るとどれくらい離れているのか、判断する指標を持っていないから、というのが一つの理由だ。具体的に言えば、不確実なことをどの程度避けたがるか。振る舞いや思想は、独立的か集団的か。それらを、いくつかのフレームワークを用いて国単位で比較し、議論や発表をする授業だった。

 そしてもう一つは、国際化と国際正義。ジョン・ロールズの正義論をベースに、様々な批判や支持(主にジリアン・ブロックのGlobal Justiceでゼミをした)を戦わせた。足を踏み入れたての僕にとっては週1~2回のゼミ準備で精いっぱいだったが、国際問題に対して先進国はどんな責任があり、後進国はどんな権利があるのか、今までなんとなく考えていたことの根本を、学術的に深めるきっかけとなった。

 これらのフックをもっと鋭利にしつつ、いつかつながって何かが起きることを心待ちにしたい。

・写真に対する価値観が変わった。

 写真をきれいに撮ることや、見たままに写真に残すことに、今までほどに価値を見出さなくなった。写真を撮ること自体は依然好きだが、それが薄まったというよりは、今を楽しむことに焦点を当てるようになった。というか写真に残すことが先行して、今のこの瞬間を楽しむことを少し忘れかけていたことに気が付いた。日本に帰ったら、「今をもっと楽しむツールとしてのカメラ」になりうるカメラを、買おうと思っている。もちろん、美しい写真にメッセージを込めたくなったときには、また写真の勉強を再開したい。

・1か0かという考え方をやめた。

 結局、その間のどこかに答えがあるから。こういうところは1寄りだけど、こういうところで0っぽさがあると言えるよね。という感覚が基本になって、議論はぶつかり合いじゃなくて、パイの生地をこねているようなものなんだなぁと思った。しかしこれのおかげで、ディベートが下手になった(賛成か反対か?を問われても、賛成っちゃ賛成だけど反対っちゃ反対。が常であるからだ)。

・太った。

 飯が美味いんだもん。。。日本を出たころに、「全身バキバキになって帰ってくる!」と豪語して、筋肉の勉強までしていた割には、それ以上に食ってる飯が多すぎ&高カロリーすぎて、おなか回り顔回りがだらしなくなってしまいました。日本に帰って体脂肪率とか測るの怖い。。。インドネシアで鍛えようかしら。。。ただ、料理の腕は格段に上がりました。

・文化に優劣をつけることに疑問を抱くようになった。

 さっき上に書いた文化間コミュニケーションのフックに引っかかったことの一つだ。細かく書くのが面倒、というか細かく書けるほどいろいろ考え切れていないので、これについてはもう少し寝かせたいと思う。

・ヒゲを伸ばすようになった。

 日本にいたころは、人のヒゲを「ある」「ない」くらいでしか見ていなかった。はやす部分、長さ、整え方、髪型とのマッチ感などを見て、個性を表すアイテムの一つとして使っているスウェーデン人を見習い、ヒゲに気を遣うようになった。

・人生というキャンバスの、ベースカラーを一新した。

 いままで考えていた人生観は、自分は常に仕事や勉強をしていなくちゃならなくて、自分の時間や趣味に費やす時間はその隙間になんとか入れるものだ!というものだった。つまり、仕事というベースカラーのキャンバスに、自分の時間を乗せるというような発想だった。しかし、スウェーデン人の多くは逆で、自分の時間という自由な色のキャンバスの上に仕事や勉強を好きなように乗せるので、自由な時間は捻出するものではないことを知った。どちらでもワークライフバランスは考えられるなら、自分にはどちらが心地よいのだろう。と考えた結果、どうやら後者に近いようだった。


*************


 …そんなもんでしょうか。ほかにももっと、帰ってから気づくことがあるはずですが、おいおいゆったりと気づいていけたらなぁと、思います。




 そして、ついに進みたい方向が具体的に見えてきました。

 これまで、地球惑星科学からはじまり、国際開発・貢献・協力、環境工学、デザイン思考、正義論、インドネシア語、、、と、いろんな領域をかじっては次、かじっては次、を繰り返してきました。それを話すと時々、「すごくいろんなことを勉強しているんだね、すごいね!」といわれるのですが、当の本人は真逆で、全部薄っぺらくて中途半端で、僕はいったい何屋さんなんだろう?どれなら、数年間にわたってひたむきに打ち込めるんだろう?いろんなことはしたけど、結局は何も勉強してきていない。なんて中途半端な人生なんだ。と、これまでにない大きさのモヤモヤを、2015年の3月あたりから抱えていました。

 いろんな人と話しながら、そして北欧の暗い一室で悶々と思いを巡らせながら、10か月たってやっとこさ、その問いに答えを出しつつあります。もちろんまだまだ精錬させる必要がありますが、きっと将来長きにわたって勉強・実践をする領域になるのでしょう。それを考えると、ワクワクとニヤニヤが、止まりません。

 日本に帰ってから、今までお世話になってきた、あるいは世界中に散らばった、たくさんの素敵なお兄さんお姉さんたちと、まったりと熱く語りながら、キラキラした顔を見せるのが今から楽しみです。待っていてください。



 今回はこんなところで、終わりにしておきます。
 書き溜めた記事がいくつかあり、更新しないまま2016年を迎えることになってしまうのは心残りですが、気が向いたら更新していこうと思います。


 では、よいお年を!





ほかの記事はこちらから!

2015-11-25

ぼんとこ北欧生活4 ~友達の少ない僕でもできた”留学鬱”への処方箋~

Leoです。



これは、約40日ほど前のお話。

日本を発ってから、いろんなことに、次から次へとワクワクし、あっという間に2か月が経ったころでした。残りの短くなった留学期間、よりよいものにするぞっ!と意気込む仲間の声を聞く中で、僕は一人、やるせなさと、もどかしさと、焦燥感を抱いては、部屋で黙々と瞑想(≒迷走)をしていました。


こういうことは言い始めればきりがないですが、ほぼ新しい生活に慣れて、日本で考えていた「留学」を思い出しては、今の日々の生活のギャップに苦しむ”留学鬱”期というのは、1~2か月でやってくる、と、どこかで読んだ気がします。

それが嘘か誠か、わかりません。



しかし、少し前の僕は、立派なその一人だったように思います。



「うーん、なんか思ってたのと違う…」
「なんか、もっとこう…うーん…」


それはそう、仕方ないことだ、とは思っていました。日本にいて、留学先の生活を完璧に想像できているなんて、それはもう、一種の才能です。



今回は、そんなギャップに対する、僕の対処のお話です。



----------


なーんか最近、違うんだよなぁ…なんつーかこう、もっと「ブワッ」「ドゥワッ」って感じのを想像しててさー…


なんて、わけのわからない擬音を使って友達に愚痴っていると、トビタテ!3期の応募用紙(困難を克服した経験)に、こんなことを書いていたことをふと、思い出しました。


"そこで私は、当初の主目的へのモチベーションを維持させる方法をただ徒然に模索するのではなく、理想と現実にどんなギャップがあるからそれが起こっているかを分析し、理想へのステップを論理的に考察・構築することにしました。現状を観察していると、まずはじめに「あるべきメリハリが浸透されていない」ことが理想と現実のギャップで、それの解決方法として「模範的な姿勢をリーダーが率先して見せる」ことが効果的だと考えました。(中略)今回の留学において直面する困難に対しても、解決策をおおざっぱに考えるのではなく、現状の分析と論理的なステップの構築を心掛けることで、自分個人が抱える問題や所属するコミュニティで発生する問題にアプローチしようと思います。"


というわけで(?)、部屋に帰って、「別に不満ばかりというわけではないけど、なんかモヤモヤしている」ことから脱却することを目的とし、論理的にどうしたら抜け出せるかを考えてみることにしました。



1.行き先を決める   


まず、現状の分析を行おうとしました。というか、自分が今の環境や状況に対してどう思っているのか、体系的に知りたかったのです。

やり方は、
・ 今の生活に関して思うこと
・ 最近の過ごし方
・ 印象に残ったエピソード
・今、一番したいこと
などを、思いついてはざっくばらんに付箋に書き出し、壁にペタペタと貼っていきました。形から入る性格の僕にとって、白いドアがカラフルな付箋で埋まっていくのを見るだけでも、少しテンションが上がります。


こんなかんじでテキトーに

すると、「最近、勉強も筋トレも、ちょいと中途半端だなぁ」みたいな細かいことから、「そもそもどういう生活を手に入れたいんだっけ?」という大きなことまで、いろいろと出てきました。


なので、主軸となりそうな一番大きいことから手を付けます。まずは、この分析自体のゴールを、


留学生活を、もっと有意義で
ぶっ飛んだ経験にしたい!

と、定めました。


では、その「有意義」「ぶっ飛んだ」とは、何なのでしょうか。自分に再度問いかけて、書き出して、まとめます。

有意義
日々の活動・勉強が、ある目的に結びついていて、意義があると自分が納得できること、コストに見合っていること

ぶっ飛んだ
環境的にできるかできないか、ではなく、やりたいこと、興味のあることに斬新に飛び込んでいくこと

…らしいです。
(もちろん、正確に辞書的な意味ではなく、頭の中のイメージを既存の言葉で言い換えてみただけです)

では、有意義たる「ある目的」とは、なんなのか。思考をめぐらすとそれは、どうやら以下の三つのようでした。

1.世界で戦える、たくましくてナメられない人間になる
2.自分の思う「あるべき世界」を考え、見つける
3.新たな刺激にまみれて、たくさんの発見をし、よく考え、豊かな人になる


なるほどなるほど。

では次に、小さな事柄に着手します。




2.現状を知る   


細かいこともたくさん出てきました。主軸が定まったので、それをわきに置いといて、次は、日々の小さな出来事や、なんとなくモヤモヤを感じた瞬間などを、満足と不満にざっくり分けてみました。

「満足」
・日本よりも、使える時間がたくさんある
 →あと4か月もある(当時)
 →使えるお金も、まだ○○円もある
 →しかも生活の基盤は整っている
・日本に興味のある学生と仲良くなった
・日本人が多くて、生活に不便はない
など

「不満」
・勉強と筋トレが中途半端
・日々の密度が薄い
 →人とのかかわりが少なく感じる
 →日本でもできることばかりしてないか?
・ワークショップ、フォーラム、見つからない
など


ある程度挙がったのちに、似ているものをくっつけたり、含みのあるものをバラしたりしていると、「あ、これはこうしたら、もっと満足できるな」とか、「これは新しく、あれを始めればうまくいくんじゃ?」とか、モヤモヤが晴れるアイデアが湧いてきました。

何事も、明文化して目に見える形にするのがとても大切だと、言われる意味が分かったような気がしました。




3.行動を考える   


その浮かんだアイデアたちをアクションに落とし込んで、この分析を終わりにします。それから、あとは少し様子を見ることにしました。


本棚に張り替えてみた、の図



どうやら大きく分けて4種類くらいしかアクションのパターンはなさそうだな、と思ったので、全部を次の4つに当てはめることにしました:
1.Stay:そのままやり続ける 
2.Improve:改善して続ける 
3.Quit:ズバッとやめる 
4.Start:新しく何か始める

常に「1.行き先を決める」で定めた主軸に沿って評価をしていくと、一見満足していたことがただの惰性や甘えだったり、不満に思っていることは大きな飛躍の余地だということに、気づけます。


結果、4つのアクションに落とし込むことができました。特にここでは載せませんが、翌週からこれらを実行することで、この分析を行ってから、生活の質が圧倒的に上がりました。




4.まとめ   


やったことはただ単に、


一人でブレストして、
一人でモヤモヤを噛み砕きながら、
一人で解決策に落とし込みました
(ぼっち感)

ということでした。

正直な自分の気持ちに向き合うことは、時に照れくさく、むずがゆく、恥ずかしいです。が、一時の恥を捨てて、目の前に自分の感情が文として露わになっていくのは、振り返るととても機能するプロセスでした。


モヤモヤは放っておけば大きくなって、もっと手の付けられないモヤモヤとなり、手を付けるモチベーションさえ奪います。

違和感を持った時、なんとなく「ぐぅぅ。。」と引きこもったり、おいしいものを食べて一時的な欲を満たしたり、SNSで承認欲求を満たしてみたり、時間の問題だ!と言い聞かせて少し無理をしたりしたところで、一時的にモヤモヤが見えなくなるだけで、日が沈み昇れば、膨らんだモヤモヤが再度やってくるのだと、Empirical Factとして、知っています。


徹底的に、論理的に、問題と感情に向き合ってみることで、こういうギャップにモヤモヤしてたのか。って、鳥瞰的に気づくことになりました。

画面の前のモヤモヤさん。
是非、お試しあれ。



----------


最近、僕の住んでいる地域では、基本的に曇りで暗く、晴れていても8時ごろまで暗く、16時ごろからすでに暗いです。晴れていてもずっと夕方みたいな感じです。気温も一日を通して0℃を上回らなくなってきました。若干、風邪もひいています。

こんなサディスティックな環境下で、ますます憂鬱になってしまわないよう、自分をよく知り、素敵な生活を創っていく所存です。


では、また。

(僕の自己紹介とブログ概要)

(すべての記事に飛べるブログマップ



Leo

2015-11-15

パリ襲撃テロと、僕の頭の中の話


Leoです。




とても悲しい事件が起きてしまいました。突然のテロというものは、本当に恐ろしいことだと想像します。

パリの襲撃テロのニュースをはじめに見たとき、いろんな友達の顔が浮かんで、どうしたらいいのかわからなくなりました。

すぐに彼らの挙動をFacebookで確認しながら、ニュースを追っかけながら、

あぁ、生きてる、本当によかった。家族や身の回りに被害はなかったかな。彼・彼女らは何を考えているのかな。友達だけでなく、パリに住んでいた人は。亡くなっていった人は。世界中のイスラム教徒は。実行犯は。ダーイシュは。僕に何ができるのかな。何を感じて、何に昇華することができるかな。

…というようなことを、北欧の小さな一室から、悶々と考えていました。


知り合いのフランス人に片っ端からメッセージを送って、彼・彼女らの身の回りの安否を確認しようかな?とも思いましたが、しませんでした。

無論、たまらなく心配であるし、友達が事件に対して何の感情を抱いているのか知りたいし、もし話すことで楽になれたり、なんとか僕が力になれたら、とは思っているのですが、それがどんな恐れで、どんな悲しみで、どんな怒りなのか、顔の見えない指先のやり取りでは分からないと、思ったのが、主な理由です。




再度、友達のポストを確認するため、Facebookのフィードを開くと、フランスの三色に染まった友人の顔たちがそこにありました。

それに対し、ちょっとだけ、疑問符がついてしまいました。
LGBTの時の、カラフルなやつと似たような感覚で、Facebookで一時的にできる意思表明。追悼。祈り。しかも今回は(前回もあったのだろうか)、ワンタッチで手軽に変えられるボタン付き。

最初見たときは、特に何とも思わなかったのですが、バカな頭なりによく考えていると、ん?と、なんか、引っかかる。




みんな、どれくらい思いを馳せたのだろう?

思考の終止符になってしまっていないか?




多くの人にとって、Facebookのプロフィール写真をいじるというのは、少なくとも毎日の日課ではないし、なにかライフイベントがあったときにすること、という認識がある気がします。というか、僕はそんな感じ。

だからこそ、写真をこの機会に変えることは、自分が「何か普段しないことを一つ、した」という体験をもたらしうる行為だと、勝手に思っています。


そして今回のテロは、想像が間に合わないくらい、大きくて悲惨な事件の一つだと思います。そして、この事件のことを「知っている」「同情している」というメッセージを込めて、写真を変えているのだと察します。




だけど、指先一つで「この事件のことに関心を持っていて、知っていて、考えています」みたいな気持ちにさせちゃうこの気軽すぎる機能って…どうなの?

そして、ボタン一つで写真を変えただけで、#PrayForParisって呟いただけで、今後流れるように入ってくるニュースに「おっ」と反応することだけで、自己満足する人を、もしかしたら大量生産してしまうのでは


僕は、僕が、この事件がきっかけで人生が変わった!とか、ダーイシュへの対処を考えるために命を懸ける!とか、なるのかどうかわかりません。いや、ならない可能性が高いです。正直。

だけど、深刻な問題だからこそ、複雑に絡まったことだからこそ、人が亡くなっているからこそ、明日は我が身かもしれないからこそ、こんなシンプルな「知ってるよ、祈ってるよ」を自己満足的に済ませてはいけないと、考えています。


画像を変えて、「よし。」と、勝手に終止符を打ちやすくなってしまったこの風潮は、少し悲しいです。




アメリカ全州でLGBTの結婚が認められたとき、Facebookではいろんな友達が、にぎやかなお祭り騒ぎのように、こぞって、気軽なCerebrationの意思表明をしていたのを知っています。

その時も何かもやもやと考えていた気がするのですが、まぁ理解している人がたくさんいる、応援されてる、うれしい!ってなるのか。と、実際のLGBTの友人に聞いてまわって、その時は納得することにしました。

今回でちょっと自分の頭の中が読み解けた気がします。まだ、もっと深く、考えられるはずですが、一歩前進。



加えて言及しますが、そうしている友人や世界中の人を、否定しているわけではありません。その人が、きちんといろいろと考えたうえで、そうしているのであれば。その人なりに意味があって、メッセージがあって、ただ「何かをした」という経験自体に自己満足をしてしまわないのであれば。






というわけで、以下にいくつかの意思表明を残して、筆をおくことにします。

僕は、

・今は自分のやりたいことを貫徹しながら、同時にこの事件に関するニュースを能動的に仕入れて、自分をUp to dateにしておきます。
・ある程度、今の自分のバタバタが落ち着いたら、有識者による意見や国民の議論を追い、自分はそこから何を考えたのかを整理します。
・周りのフランス人や被害をこうむった人、イスラム教徒など、だれに対してもこの話題をタブー化せず、生の声を(常識の範囲内で)積極的に知ろうとします。




運よくこの記事にたどり着いてくださった少しの方々が、どうか、当事者意識と生の感情を持って、心の底から祈りをささげていらっしゃいますように。


末筆ですが、起こってしまった悲劇の傷が少しでも早く癒えるよう、もうこんな酷いことを起こさないよう、世界の人たちが協力し合えますように。



Leo

(僕の自己紹介とブログ概要)

(すべての記事に飛べるブログマップ






追記の参考記事:
(参考にして書いた、という意味ではなく、似た色を持つ記事を見つけたので、リンクを張っておきます)

あなたがフランスに祈りを捧げる前に知らなくちゃいけないこと。

FBプロフ「フランス国旗化」に対する強い違和感

『Facebook』プロフィールをトリコロールにする前に考えたいこと

代弁されず報道されず死んでいく人たちのこと

2015-11-08

僕に最も影響を与えた女子中学生と、英語の話3【英語学習TIPS・完】

Leoです。

1と2はこちらから
1.【アホ高校生と中二女子 編】
2.【バカ大学生の英語学習 編】



…あんまり、女子中学生、登場しなかったですね。いいのです。感謝を込めた、自己満です。


今回は、英語学習者のための、精神論的な、話を載せてみました。これで偉そうに語るのは最後です。ごめんなさいでした。

ただ、僕は、細かい学習方法うんぬんより、語学習得には、こっちのほうがずっと大事だと、強く思っています。



では、さっそくいきましょう。


目的意識をはっきり持つこと



まず、これだと思っています。

前回書いたように、この前のメソッド云々を鵜呑みにして、よさそうだから、さぁ明日から始めよう!というのは、あまりおすすめしません。

どうして英語がうまくなりたいのか?

人によって、その問いに対する答えが、目的が、程度が、イメージが、大きく異なっていて、それぞれに対する最善手もまた、異なってくるからです。たしかにペンパルはお勧めしますが、これはあなたの目標とする方向とはズレているかもしれないのに、「英語を勉強している」という大枠から外れていないという認識でぐいぐい進めてしまっては、もったいないと思います。

じゃあ、細かい点数とか、評価方法まで目標を設定しないとなのか?
そこまでは言いませんが、少なくとも、以下の動画で示されている4つのカテゴリのうち、自分の目標はどこに属するのか、理解しておくことが大切です。

また、もちろん動機づけはモチベーション維持にもつながります。時間がかかる語学学習は、初心やワクワクを忘れずに、進み続けることも、大切なことです。僕は自分のモチベーション管理が苦手なので、英語が喋れている自分をよくイメージしたり、どう英語を使いたいのか、喋れたらどんな選択肢が広がるのか、よく妄想していました。

(参考動画:英語はどうすればよくなりますか? - Rachel and Jun)



自分の英語に、自分という人間に、自信を持つこと



僕は、初めのころは自分の英語力に自信がありませんでした。いろんな機会に、片っ端から、ビビッていました。そんな時、私は日本語を話せるよ、と”英語で”嬉しそうに話しかけてきた外国人に出会いました。聞くと、「ありがとう」「サムライ」「もったいない」みたいな言葉だけで、僕にとって”話せる”とは大きくかけ離れたレベルでした。

だけど、その人は、その人の色眼鏡をかけると、もうすでに”話せる”のです。それは思い込みではなく、価値観の違いでした。その自信がうらやましくて、僕も虚勢で、「英語喋れるんだ?」と聞かれた時には、「うん。もちろん」と答えるようにしました。

自分の英語レベルはこれくらいだけどね。と付け足してはいましたが、自分の英語力を受け入れて、等身大で勝負するという覚悟は、国際交流をより楽しいものにしてくれました。それからは、
「俺はこれくらいしかしゃべれない、聞けないんじゃ!お前のほうがうまいんだから、これに合わせて理解しようとせえ!もっと優しく、ゆっくりしゃべらんかい!!」
くらいの勢いで、英語をしゃべっていました。笑

大抵の人は日本語をしゃべる時より、英語をしゃべるときに、無意識に声が小さくなります。僕みたいなたった数か月の留学でも、留学前よりも英語でのコミュニケーションが取れるようになるのは、滞在中の伝わった体験から自信をつけることが、一つの要因だと考えます。声を張って、胸を張るだけで、驚くほどコミュニケーションが円滑になるものです。





そもそも話すことに慣れること



普段、日本語で話すとき、何の話をしていますか?僕はコミュ障なので、日本語でも、話題を作って広げて、盛り上げることが苦手でした。いや、実は今でも、得意ではないです。ましてや、それが自信のない英語での会話となると、、、もう八方ふさがりです。話を始めようにも、話題が出てこない。話を続けようにも、次の一手が出てこない。

それで、僕はどうしたか。

日本人の新しい友人と、1~2時間お茶をしながら話しました。その際、自分は何を話すのか、客観的に観察しました。何を勉強しているかから始まり、サークルではどんなことが楽しいのか、コーヒーと紅茶どっちが好きか、趣味は、バイトは、彼氏彼女は、などなど。意識してもしなくても、意外と出てくるものでした。

英語も日本語も、会話をするための言語です。日本語でできていることは、英語でもできるはずだと思い、英語で話す際に、その話題たちを心の片隅から引っ張り出しながら、話すようにしました。

実は、外国の方としゃべる際は、話題作りという面で言えば、それよりも楽です。なぜなら、国や文化の差異を尋ねると、自然と数時間なんてあっという間にすぎるからです。

・僕は地球惑星科学を勉強しているが日本ではあまりポピュラーでない。君の国では?サイエンスとか宇宙産業とか、どういうイメージあるの?とか。
・君がバイトをしていないのはなぜ?お金はどっから出ているの?それは君の国では普通なの?どういうバイトが人気なの?とか。
・ここに箸があるけど、君の国では使う?コメは食べる?アジア料理、日本食って広まってる?どんなSushiがある?とか。

それを繰り返す間に、いちいち話題なんて考えなくても、好きなことを好きなように話せるようになりました。今では、無理することなく楽しく会話することができ、友達も増えました。





飛び込んでみたいかも…→無邪気に飛び込むこと



食堂の留学生に、はなそうよ!と飛び込んで、ごめん、人待ってるから…と断られた経験よりも、理由をつけて「今日はやめとくか…」と普通に友達とか一人でご飯を食べたことのほうが、記憶に深く残っています。

何か新しい機会に飛び込んで、失敗した時のことは、考えないと、行動範囲が広がります。と、口で言うのは簡単なのですが、実際は難しいものなのですよね。ですが、失敗しても、何かを失うわけじゃないはずで、その一歩を遮っているのは、その人の心だったりします。

イベントとか、プログラムとか、参加しない理由が条件や環境ではなく、心にあるのなら、一回目だけドキドキしちゃうんだ、と自分をだまして(?)、飛び込んでみてください。つらいのは、たいてい、その一歩だけです。笑

また、誰かと一緒に飛び込むことも、助けになります。僕の場合、そういう仲間を見つける前に一人行動が好きだったので機能しませんでしたが、一人の心細さを後押ししあえる仲間が見つけられると、より勇気のハードルは下がるかなと思います。




日本人と英語を話す壁を取っ払うこと



日本で行われる国際交流のイベント(特に僕のサークルのもののように、学生が行うもの)に行くと、十中八九、英語を勉強したいor国際交流したい、日本人の姿をよく目にします。だけど、そのような場で日本人同士で英語で話すことに、抵抗がある人が、僕の周りに多くいます。

あなたも、その一人ですか?だとしたら、いったいいくつの”英語を話す機会”を失い続けてきたのでしょうか?

僕も最初は、思い切り恥ずかしがって、できるだけ日本語に逃げよう逃げようと、ちがう努力をしていたことを覚えています。
でも、冷静に考えて、勿体ないですよね。日本にいる限り、大抵のイベントには日本人がいるのだから。なので、克服するために分析してみました。どうして、僕は、日本人と英語を話さないんだろうか、と。

僕の結論は、この3つに落ち着きました:
1.言いたいことが、正確に伝わらないかも
2.なんか気取ってる、と思われそうで恥ずかしい
3.自分よりうまい人から、内心馬鹿にされてそう



1.言いたいことが、正確に伝わらないかも

言いたいことが、言いたいように正しく伝わらず、伝わらなかったときに説明するたびに日本語を使うことになったらどうしよう、とか、なんか心地よくない経験をしそう、とぼんやりと思っていることが、理由の一つであることに気づきました。

でもたぶん、帰国子女か、相当長い海外経験を積んだ人でない限り、日本語でするように流ちょうで質の高い対話や議論をすることは、相当な時間がかかるものです。僕も、英語で話すと思考のレベルが格段に下がるし、うまいニュアンスをほのめかせずに、誤解が生じることは多々です。

そういう時は、僕は、日本語を混ぜます。時に文単位で、時に単語単位で、時に話をする話題単位で。そうすると、なんとなく相手に自分の意図(英語の学習を兼ねて日本人とも英語を話している)が伝わり、相手もあえて英語で話を返してくれることが多いです。むしろ、それがきっかけでなにか英語学習のヒントを教えてくれるかもしれませんよね。

なので、本当に大事な話は日本語でしていいし、英語でしゃべっていてわからない表現や単語は日本語を混ぜればいいし、その使い分けで、解決できるかな、と考えています。

2.なんか気取ってる、と思われそうで恥ずかしい

別に日本語でも通じるのに、あえて英語で話すなんて、なんか"ぶってる"よね。とか、海外かぶれだ。イタいよ。とか、言われたり思われるのが恥ずかしいことも、理由の一つでした。

これが、本心で理由なのならば、あえて強くお勧めはしません。しかし、よく考えると気取ってるといわれたことは無いし、「国際」「英語」というキーワードに興味がある人であればたいてい、そう思わないのではないかと、思い始めました。僕はただ単にこれを小さな言い訳の一つに仕立て上げ、英語でしゃべることから逃げ続けてしまっていたのでした。

3.自分よりうまい人から、内心馬鹿にされてそう


これも、2.と同様です。ただの言い訳だったと気づきました。

実際、多くの英語学習者は、どのようなレベルであれ、尊重されるべきだと考えます。自分の英語力を馬鹿にする人とはそもそも、積極的には付き合わないことにしました。そして、同じ意思を持った人は、きっと馬鹿にするようなことはなく、真摯に向き合ってくれるはずです。



以上です。


挙げたこれらは、もちろん、答えではありません。取扱注意の未完成品です。もっと有用な心持やメソッドが、この広い世界には転がっているでしょう。

だけど、僕はこれらの見解を、原体験を以って、お勧めします。僕が体験したという根拠と、今英語を喋れると豪語している事実がつながっていると感じるからです。


とにもかくにも、何か僕の気づけていないこと、読んでくださっているあなたの考え、ぜひぜひ聞かせてください。僕も、もっと英語うまくなりたいです。


では、誰かの、何かの参考になれば幸いです。

…英語、しゃべりましょう!!

Leo


参考:
http://thechange.jp/mokumoku7-6829.html
http://tedxtaipei.com/articles/your_body_language_shapes_who_you_are/
http://northdelawhere.happeningmag.com/wp-content/uploads/friends-talking.jpg
http://twentysomethingliving.com/missing-my-courage/
https://lukascondie.wordpress.com/2015/02/27/my-thoughts-on-breakthrough-moments/

2015-11-01

僕に最も影響を与えた女子中学生と、英語の話2【バカ大学生の英語学習編】

Leoです。

連載二つ目の記事です。一つ目はこちら


更新通知が来るようにできないのかと尋ねられましたが、一応、僕のTwitterで更新情報を垂れ流しています。…が、通知を受け取るようなLIVE感のある記事なんて、ないので、一週間に一度くらい見てくだされば、それで、十二分でございます。。。



では、続きです。



バカの勢いは止まらない ~SAGEに入部~

自分と違う文化・背景を持った人は、
どうしてこんなにも魅力的に映るのでしょうか


2013年4月。
一年間の自宅浪人を経て、東工大に入学します。

現役生との差別化を図りたい焦りや偶然の出会いもあり、今までにやっていたような音楽やサッカー・フットサルではなく、国際交流サークル「SAGEに所属しました。(大学生活前半の課外活動等について、詳しくは別記事で書きました(工事中)。


このサークルでは、海外から東工大への訪問学生に向けてキャンパスツアーをしたり(もちろん英語)、院生向けの留学説明会のお手伝いをしたり、さらには日本で国際交流イベントとか短期留学プログラムとか作ったり、ミーティングは日本語でしたが、メール対応やイベントの司会など、英語に触れる機会が豊富でした。

当時、英語レベルは僕がダントツの底辺で、僕よりできないメンバーなど皆無でしたが、持ち前の愛と勢いだけで、役職を得たり、係を片っ端から引き受けたり、このサークルにできる限りの時間と労力をつぎ込みました。


香港の学生にキャンパスを案内




さらには、それに飽き足らず、学食で普通にご飯食べてる留学生の机に相席して、

「Hi! I'm Leo! May I have a seat??」
と、謎のバイタリティで友達の輪を広げていきました。


そして、大学に入ってから始めたバイト先(焼肉屋さん)では、いらっしゃる外国人のお客さんは、基本的に僕に対応させてください!!とお願いしていました。
老舗だったので、英語ができることを期待していらっしゃる人は少なく、褒められるたびに自信をつけていきました。


「俺の人生で、自分が英語喋れるようになるなんてこと、ないんだろうなぁ。」



あれ…すげぇ、今、喋ってるじゃん。

勢いだけで、文法はめちゃくちゃかもしれないけど、言ってることも誤解してるかもしれないけど、心から国際交流を楽しいって思ってる自分が、そこにはいました。

そして、友人の輪も広がり、日本語を使わないコミュニケーションが取れていることを実感しました。



だけど、面白いもので、現状になかなか満足できない性格の僕は、またすぐに壁を作ります。



「言うても、国内で英語学習がんばろ。海外で、”英語で勉強”するなんて、夢のまた夢だよな…」




そう感じた1年後…



やってんじゃん。。。(真ん中の白い服)

ベトナムで約2週間かけて、東南アジアの学生たちと深夜までディスカッションを繰り広げ、英語でプレゼンテーションをしていました。記念すべき、初めての外国でした。


「短期は乗り切れたけど、長期の留学ってめんどくさそうだし、留年したくないし、さすがに無理だわ…」





…スウェーデンなう



次に何を見据えているか、特に言わないでおきますが、このようにして、どこまで行っても「俺には無理だ…」と次の壁が見えるのが、僕の常です。

そして、それをひとつずつ、ぶち破っていくことが、楽しくて仕方ありません。



そんな背景を通じて、今、僕は英語が喋れます。




偉そうに英語学習語ってみた

黙って英語勉強しやがれ


さて。

この記事を続けて読んでくださっている方の中には、英語の学習(特に、喋る・聞くの部分)に前向きな方が多いかと思います。自分の経験をもとに、オススメの勉強法と、その理由を細かく説明してみます。

(ちなみに、精神論的な部分を、次回の記事(工事中)で更新します。今回は、メソッド的な部分のみです)


僕の尊敬するJunさんという人がいます。
アメリカ人の妻を持つ、外語大出身のお兄さんで、Youtubeにいろんな動画を出されています。

(お二人のチャンネル「Rachel&Jun」登録推奨!


彼のこの動画の中でも言及されていたのですが、引用させていただくと、英語を学ぶ目的によって、効くコンテンツや伸ばし方は大きく異なります。ここで紹介しているのは、彼の言う4つめの「”ケンカ”英語:点数を取る英語ではなく、伝われば勝ちの英語」を身に着けたいと思っている方向けだと思っています。

(というか、TOEFLの点数の上げ方とか、むしろ教えてください)



*洋楽で発音


英語学習者にとって、発音は忘れられがちだけどとても大切なことだと、経験的にですが、感じています。

どうして正しい発音を身に着けるべきなのでしょうか。

日本語訛りの英語はどの地域の人にも伝わりづらい(日本を除く)ということが、まず思い浮かびますね。その通りだと思います。カタコトの英語をしゃべった日本人に対し、「日本語がこんなに英語に似ていたとは知らなかったよ」と揶揄されるジョークを耳にしたときに、あぁ、あるある。って思ってしまったくらいです。
だけど、僕が感じる理由は、それだけではありません。ほかにもたくさん、良いことがあります。

英語がうまいね。と言われることが多くなります。発音に特に気を付けて喋ろうとする日本人は意外と少ないし、とぎれとぎれでもそれっぽく聞こえるからです。これは、英語、カッコいいから喋ってみたい!というような”不純な”理由の学習者にとって、十分なモチベーションになりえます。

そして、洋画ではなく、僕は音楽にこだわります。洋画よりも、ネットで確実に歌詞を手に入れられるし、お金もそこまでかからないし、必ずしも目で見る必要もないからです。洋画よりも生きた英語ではないですが、この手軽さと比べると、一回に時間がかかったり、中途半端にお金を費やしたりするよりは、継続して、結果的に良い方に転がる人は少なくないはずです。そして、J-POPには目もむけない外国人たちとの会話の種にもなります。

また、僕は個人的に、歌詞を見ながら、なんとなく意味を予想しながら聞いてみていました。好きな曲やアーティストをいくつか見つけて、発音をモノマネしながら歌詞を見れば歌える状態にすることで、自分の中に使えるフレーズが溜まりもしました。



*ペンパル


前回記事で紹介した、ペンパルという手段でも、”スピーキング”と”リスニング”の一部分が上達すると、僕は思います。

どうしてペンパルで、スピーキングとリスニングに生きるのでしょうか。

その回答は、反射神経と、速攻英訳力、が主に成長として感じます。ということです。

1つ目の「反射神経」とは、要は読みながら返信(意見)を考えるクセの付いたということです。
これは実際の会話にとても役立ちました。メールが返ってくるたび、一文一文に対して返信を繰り返していたら、人と話しているときも、「全部聞き終わってから、さぁなんて返そうか?」じゃなくて、喋ってる一文一文に対して、俺はこう思うとか、それはこういう意味?とか、話を聞きながら考えるようになりました。言葉で表すと難しいですが、とにかく、日本語で話していると自然とできるのに、英語だと乗り越えにくかった壁を、壊してくれます。

2つ目の「速攻英訳力」は、日本語で言いたいことを、そっこー「くだけた英語」に直すことに慣れたということです。
英語で考える脳になれば一番早いのですが、なかなかそううまくいかなかった僕に、この速攻英訳力は、その正反対の能力でした。しかし、楽しい会話やスムーズな会話にはテンポがつきものです。留学をして英語に浸って英語脳にする!なんかよりも、そのテンポはもっと安価で、手軽に身に着くものでした。そこから始まり、今では「言いたいことのイメージ→日本語文→英語文」ではなく、「言いたいことのイメージ→英語」と、僕は頭の中で直接的に訳すことができます。

ちなみに、僕が使ったのはJapan-guide.comというサイトでした。目的は違えど、日本に興味がある外国人ばかりなので、絡みやすいし、多くの人は協力的です。メールアドレス一つで登録できますし、僕がうだうだ語るよりも、使った方が早いと思います。

航空券やホテルの検索サイト・エクスペディアみたいに、条件を入れるとプロフィールがずらーっと出てきます。掲示板を見て、気になれば個人的にメッセージも送れるし、自分もプロフィール登録して投稿できるし、このシンプルな使いやすさは保証します。

ただし、注意点があります。普段のメールやメッセージのやり取りは、少し時間がかかっても「自分が目標とするレベルの英語」で書こうと努力することです。くだけた話し言葉で文法を無視してメールをしていては、くだけたレベルの英語以上にうまくなるということはあり得ないからです。

また、何が起きても当ブログは一切責任を負いませんので、くれぐれも自己責任でお願いします。

*えいぽんたん


リンクはこちらから (AppStore / Google Play 地味に単語力を増やしたいと思っている方、少なくないと思います。だけど、単語帳今更やるのもなぁ、、、な、そこのあなた。シス○ム英単語とかター○〝ットとかやり直すくらいなら、手軽なこちらをどうですか?
お堅い単語帳アプリよりも、ゲーム感が強くて、はまりました。(僕は、最近、個人の嗜好としてゲーム感よりガチのが欲しく、別のものに移行しましたが、一時期、暇さえあればパズドラとこればっかやってました。。



とまぁ、そんな感じです。


誰でも英語学習の自分なりに構築したメソッドがあると思います。こっちのほうがいいお!っていうのがあれば、ぜひ教えてください。僕も実は、絶賛模索中です。


また、ここに書いてることを鵜呑みにして、明日から始める、何てこと、どうかやめてください。

理由は次回記事にて。では。


Leo



参考
http://www.titech.ac.jp/news/ (1~3)
http://sd.keepcalm-o-matic.co.uk/i/keep-calm-and-study-english-32.png

2015-10-26

僕に最も影響を与えた女子中学生と、英語の話1【アホ高校生と中二女子編】

Leoです。
自己紹介はこちら


今回は、僕の英語について、過去の経験を整理しながら書いてみました。

英語学習者のためになるかどうかは分かりませんが、全文書き終えてから、最後のほうはそこはかとなく、つまづいている人に向けた文体に修正してみています。軽い気持ちで覗いてみてください。

※なので英語自信ニキの方は、さようなら(´・ω・`)


(最近、記事の質が落ちてきたので、量よりももう少し質を重視して、今後更新していこうと思います。。。)
(あと、文字サイズ大きくしてみました。どっちのほうが見やすいんだろう…ご意見求ム)
(いつか、Crystalにも読んでほしく、英訳したいです。できっかな)


(自慢のように聞こえかねない文章になってしまった気がしますが、本意ではありません。もしそう感じたら、それ以上読まないことをお勧めします)





僕に最も影響を与えた女子中学生

英語の話





まえがき


大学で国際交流サークルに入っていることを話すと、よく「じゃあ英語喋れるんだ?」と、聞かれます。まぁ、国際交流背負って名乗ってるわけですから、そりゃそうですよね。
で、それに対し、まだまだ発展途上ではあるものの、「僕は英語が喋れます」と、胸を張って言うことに決めています。



参考までに更新日現在の英語レベル(聞く・喋る)を以下に箇条書きで明示してみます。

大丈夫
・日常生活

たいてい大丈夫
・多少テクニカルな話(プロジェクトマネジメントとか北欧史とかOKでした)
・英語のSitcomやMovie、Youtube、TEDなど
・複雑な人間関係の話
・初めてするトランプゲームのルール(ただし負け続けた泥酔時を除く)
・少し訛ってる非ネイティブ(EUだと、ゲルマン語族系はほぼ平気)

ちとつらい
・訛ってる非ネイティブ(特にラテン語族、インド、ベトナム、インド、南インド)
・ラテン語族特有のイントネーション(スペイン人は知ってるスペイン語でしのぐ)
・早口なNative Speaker
・British English(語彙と発音がきつい→これとか字幕つけて観たい…)

つらい
・専門分野等の深い議論
・礼儀正しい、お堅い語彙・言い回し、書き言葉
 イ ン ド 人 全 般


…と、そのくらいのレベルのところに、います。


わかりやすく言えば…帰国子女、ビジネスで英語をゴリゴリ使う人、TOEFL100点台の人、とかからすれば、
「あぁ、そう(笑)すごいんじゃない(笑)」
くらいのレベルです。上の下か中の上か、みたいな。喋れます、が、たいしたことないです。


けど、実は高校生のころ、英語の授業が苦手でノイローゼになっていたことを考えると、ちょっと視点が変わるでしょうか。そんな話題から結びつけて、最後に英語学習に対するちっぽけな持論を展開しようと思います。





英語が大の苦手だった高校時代

何が何だか……


高校では、クラスメイトからも先生からも馬鹿にされ、赤点ギリギリの点数を取っては警告を食らいつづける、怒涛の3年間を過ごしました。三年生の初めごろに解いたセンター試験模試で、点数が二ケタだったという伝説もあります。授業もわからないから寝ちゃうし、寝ちゃうからわからなかったです。(しまいには、大過去って、ずっと石器時代とかのことだと思ってました

俺の人生で、自分が英語喋れるようになるなんてこと、ないんだろうなぁ。と、自他ともに誰もが信じ切っていました。


でも英語喋ってる日本人って、なんかかっこいいですよね。
関根麻里さんとか、伊勢谷友介さんとか、CMで見てて、すげぇなぁって。石川遼さんとか、渡辺謙さんとか、マシ・オカさんとか、世界を舞台に戦ってるなぁ輝いてるなぁって。思いませんでした?

外国人の友達も、カッコいいから、ほしかったです。周りのみんなが話せない中、俺だけペラペラしゃべってたらやべぇなぁモテるなぁって。今考えると、「なぁに中二こじらせとんじゃ」って盛大に突っ込んでやりたいです。


そしてなにより一番は、周りのだれもが信じ切ったその前提を覆したら、超面白いじゃん、という、目的もクソもない強いモチベーション(承認欲求強め)だけがありました。


そう。
今となっては「英語は道具。それを使って何をするかが大事だよ」なんて、一般論が体に染み付いてしまいましたが、始まりは、かっこよさと、その憧れだけでした。

だから、受験で使うリーディング、リスニングなどは脇に置いといて、しゃべる時の発音を、洋楽をまねして練習していました。うん、やはりこの、形から入るあたりは、ずっと昔から頑なにブレていません。

どうでもいいことですが、初めてちゃんと聞き始めたのは、高校一年か二年生の時、Back Street Boysでした。いまだに、その曲を聴くと、通学路を思い出します。高校、禁止だったのですが。先生、昔はごめんなさい。(ほんとにどうでもいい)


見るだけでなつかしい。
そして、すこぶるどうでもいい


何を歌ってるかわからないし、歌詞見ても訳せないし、ただ聞いている自分に酔っていたのでしょう。ただ、幸いにも発音だけにはセンスがあったのか、発音のルールとか舌の動きから”勉強”せずとも、モノマネみたいな感覚で、RとLの発音などを別のものとして理解したり、それっぽく発音できたり、していました。



で、それに加え、なにがきっかけだったか忘れましたが、(まぁたぶんどうせ「外人の友達がほしい!」とかだと思いますが)ペンパルという素敵な概念に出会いました。それが、高校2年生の後半。




Leo少年、ペンパルに出会う

手書きだったら少し変わっていたかも


ペンパルとは、広義に文通という意味です。

私が出会ったものは特に、ネットで探した外国人と英語でメッセージのやり取りをしよー、というもの。まぁ簡単にいえば、グローバルな出会い系サイトですね(実際に使用したサイトも、連載最後に説明とともに載せておきます)

文化交流としてだったり、日本に行くから案内してくれ~!だったり、目的は様々で、実は利用者が多く、そういうサイトも結構たくさんあります。


受験勉強をほったらかして、その中の一つに早速登録。自己紹介の文章を考えるのに電子辞書片手に奮闘したり、メッセージが来るたびにパソコンの前でニヤついたり、それはそれは狂気の沙汰だったと思います。

そして、初めて何往復も連絡を取り始めた人は、フロリダ州に住む中学二年生の女の子、Crystalでした。自己紹介に、アニメとかめっちゃ好き!って書いてあって、NARUTOの話ならできっかな、程度でした。




でも、この時はまだ想像もしなかったのです。


この子が、その後の俺の人生を、
大きく変えることになることを…



※注:以下、たいしたことは起こりません



ちなみに初めに送ったメッセージは、こんな感じ。


実際の画面貼り付けてみた


うっわ、恥ずかし。
「Japanese male. ってなんだよ」とか突っ込まないでください。「ReceiveじゃなくてReplyだろ」とか、やめてください。「なるはやなのか、余裕があるときなのか、どっちなんだよ」もうやめろ!やめてくれ!!

皆さん、これがゆとり世代ど真ん中の高校2年生が実際に書いた、最高傑作の英文です。いっそ殺してくれ…。


このメッセージの返信を境に、彼女とペンパル生活が始まります。お返事まで晒したら怒られそうだから、やめときますが、「俺、海を越えてメールしてる…時差とか気にしなきゃじゃん…アメリカ人ってこんな感じなんだ…なんかすげぇ…」と謎に感動してたことを鮮明に覚えています。

これが、僕の国際交流愛の、原点です。



今、久々にメールボックスを掘り返してみると、2日で1往復以上のメール頻度を、高2の2月から、高3の12月ごろまで、続けていたみたいです。そりゃ、現役で受験失敗するわ。

時には1000字以上のメールが送られてきて、それに一文ずつに丁寧に返信するから、書き上げるのに2時間くらいかかったりして。すげぇな、よくやったな。と、我ながら思います。そして彼女以外にもメッセしてた人は、かわるがわる、いました。たまにつらかったけど、めっちゃ楽しかったです。いい思い出にもなっています。


時に、彼氏いるの?を、
「Do you have steady? (コイビト、いるの?)
と、古語の死語で聞き、爆笑されたりもしました。
a も抜けてるし。英語、ひどいなぁ…



僕のきったねぇ英語を毎回添削して直してくれたり、スラングをいくつも教えてくれたり、毎回How are you today? と聞いてくれたり、彼女の忍耐力と、僕のあきらめない心が、今の僕を作ったみたいです。


今でも、時々Facebookで連絡を取り合います。そういえば、僕にFacebookのアカウントを作らせたのはCrystalでした。初めての友達もCrystalで、確か大学入るまでの間、Facebook上ではずっと友達が一人の状態でした。





――そして2013年4月。

一年間の自宅浪人を経て、東工大に入学します。



現役生と、何かしら差をつけたい…
そんなコンプレックスから僕がとった選択肢は、スウェーデンまで一筋に伸びる光だった!

(そして、英語学習についての分析も!



次回、【バカ大学生の英語学習編】



ではまた!!!

参考
http://blog-imgs-76.fc2.com/j/i/p/jipangnet/igvsuv.jpg
http://www.reallifeglobal.com/wp-content/uploads/2013/03/speaking-online-4.jpg
https://upload.wikimedia.org/wikipedia/en/1/19/Thehits-chapter1-bsb.jpg
http://www.japan-guide.com/